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東京高等裁判所 昭和47年(行コ)20号 判決

控訴人

下川定

右訴訟代理人

樋口俊美

兼田俊男

被控訴人

公認会計士審査会

右代表者

荒井誠一郎

右指定代理人

小山三雄

外一名

右訴訟代理人

今井文雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人が控訴人に対し昭和四三年一一月七日公審第二二号をもつてした昭和四一年度公認会計士特例試験(第二回)の合格決定の取消処分が無効であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上および法律上の主張ならびに証拠の提出、援用および認否は、控訴代理人において、「控訴人が執行猶予付き懲役刑に処せられたことにより計理士の登録がその抹消をまつまでもなく当然に無効となつたことは認める。」と述べたほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する(ただし、原判決四枚目―記録一〇丁―裏末行の「昭和三三年」とあるのは「昭和二三年」の誤記と誤められるから、そのとおり改める。)。

理由

一、控訴人は、かねて旧公認会計士法六三条一項の規定に基づき計理士の登録を受けていたところ、昭和三四年八月二九日東京地方裁判所において贈賄罪により懲役八月執行猶予三年の刑の言渡しを受け、昭和三六年一〇月一七日右刑が確定したので、同法六四条、旧計理士法四条一号本文により計理士たる資格を失つた結果、その登録は効力を失い、旧公認会計士法六三条三項、二一条三号(同号中「第四条」とあるのは「旧計理士法第四条」と読み替えるものとされている。)により抹消されるべきものとなつたこと、ところが、右登録の抹消が看過されたうえ、控訴人より右欠格事由の発生を秘匿して(〈証拠〉によれば、控訴人はたんに消極的に秘匿したに止まらず、積極的に欠格事由の存在しないことを宣誓していることが認められる。)大蔵大臣に対し更新登録の申請がなされた結果、これに基づき昭和三八年三月二日付をもつて旧公認会計士法六三条三項、一七条二、三項の規定により更新の登録がなされ、さらにその後の昭和四一年三月二日付をもつて再度の更新登録がなされたこと、控訴人に対する前記刑の執行猶予の言渡しは取り消されることなく昭和三九年一〇月一七日をもつて猶予期間が経過したこと、控訴人は特例試験法(公認会計士特例試験等に関する法律)に基づき、昭和四一年度公認会計士特例試験(第二回)を受験し、昭和四二年三月六日被控訴人からその合格の通知を受けたが、昭和四三年一一月七日にいたり、被控訴人が控訴人に特例試験法三条所定の受験資格がなかつたとして、同法一〇条の規定により右合格決定を取り消したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二、ところで、特例試験法三条は、「公認会計士特例試験は、大蔵省に備える計理士名簿に登録を受けている者又は当該名簿への登録を受ける資格を有する者でなければ受けることができない。」と定めている。そこで、控訴人に右特例試験受験当時受験資格があつたかどうかについて判断する。

前記のとおり、控訴人は執行猶予付き懲役刑の判決確定により計理士たる資格を失つたものであるから、その登録は抹消をまつまでもなく当然無効に帰したものというべきであり、したがつて、たまたま抹消されずに残存していた登録が有効であることを前提として昭和三八年三月二日付および昭和四一年三月二日付をもつてなされた前記更新登録もまた無効であるといわなければならない。しかし、控訴人は、前記のとおり刑の執行猶予の言渡しを取り消されることなく昭和三九年一〇月一七日をもつてその猶予期間が経過したのであるから、これにより計理士たる資格を回復したものというべきである。もつとも、旧公認会計士法六三条一ないし三項、一七条二、三項(なお昭和二五年法律九四号付則参照)によれば、計理士は、昭和二六年四月一日以降計理士の名称を用いて旧計理士法一条に規定する業務を営むためには、原則として同年三月三一日までに計理士名簿に登録を受けるべきであり、例外として、もしその者が同日現在特定の業務に従事している場合は、その業務を離れた日から一月以内に登録を受けることができるが、そのほかには、右登録の三年の有効期間満了後引き続きその業務を営む者につき更新の登録が認められているにすぎない。しかし、右各規定は、従来計理士の業務を営んでいる者について、原則として昭和二六年四月一日以降新規に登録することを認めない趣旨に止まり、計理士の業務を営む者が執行猶予付き懲役刑の言渡しを受け右言渡しを取り消されることなく猶予期間が経過した場合にその者からする計理士資格の回復に伴う登録を許さない趣旨とまで解することは相当ではない。刑の執行猶予の言渡しを受けた者がその言渡しを取り消されることなく猶予期間を経過した場合には刑の言渡しが効力を失い、もはや刑の執行を受けないことが確定するとともに、特別の規定のないかぎり、刑の言渡しによつて制限を受けていた一般的権利ないし地位が回復するものであることを考慮すれば、控訴人においても、前記のように執行猶予の言渡しを取り消されることなく猶予期間が経過したことによつて、計理士となる資格を再び取得し、再び登録を申請しうることになつたものと解するのが相当である。そして、このように解することが、執行猶予制度の趣旨にそうものであり、公認会計士または公認会計士補が公認会計士法二一条の規定により同条各号に掲げる事由に該当したために登録を抹消された場合において、その後右事由が消滅した後にあらためて登録申請をしたときは、その者について登録をしなければならないことと対比してみても、前記のように解することが衡平の理念に合致するものと考えられる。成立に争いのない乙第二号証の一によれば、控訴人が前記特例試験を受験した時期は昭和四一年一一月一日以降であることが明らかであり、したがつて、控訴人は右受験当時特例試験法三条の「計理士名簿への登録を受ける資格を有する者」ということができるから、受験資格を有していたものというべきである。

三、〈証拠〉によれば、控訴人が前記のように特例試験を受験するにあたつては、計理士名簿に登録を受けている者として出願したことが認められるが、その受験願書添付書類の実歴年月数明細書に昭和二三年四月八日から昭和四一年一一月五日まで引き続き計理士の職にあつた旨の記載をして被控訴人に提出をしたことは、当事者間に争いがない。しかし、前述したところによれば、控訴人は執行猶予付き懲役刑言渡しの判決が確定した昭和三六年一〇月一七日から少なくとも執行猶予期間が経過した昭和三九年一〇月一七日までは計理士の職にあつたものというを得ないことはもちろん、その後においても有効な登録を受けていないものであるかぎり同様計理士の職にあつたものというを得ず、右受験願書添付書類の記載はこの点において真実に反するものであつたと認められる。ところで、特例試験法五条一項によれば、特例試験の合格者は、試験科目の成績によるほか、当該試験の受験者が計理士の職にあつた年数をしんしやくして定めることができるものとされ、公認会計士特例試験等に関する法律施行令(昭和三九年六月三〇日政令二〇四号)一条によれば、そのしんしやくの方法が具体的に定められている。してみれば、控訴人のように、特例試験の受験にあたつて前記のように無効な登録を有効なものとして出願し、計理士の職にあつた年月数につき真実に反する記載をした実歴年月数明細書を提出し、しかも控訴人はその記載事項が虚偽であることを当然認識しまたは認識しうべかりしものであつたということができるから、控訴人は不正の手段によつて特例試験を受けた者に該当するといわなければならない。

四、そうとすれば、被控訴人が控訴人に対し特例試験法一〇条の規定に基づいて前記合格決定を取り消したのは、結局相当というべきであり、右取消処分に重大かつ明白なかしがあるものとしてその無効確認を求める控訴人の本訴請求は、理由がないことに帰するから、これを棄却すべく、右と結論を同じくする原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条に従い、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(吉岡進 園部秀信 森綱郎)

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